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パタヤ近況

日本とタイは遠くになりにけり(2)

投稿日:

激動のこの一年間を振り返る。

前回⇒日本とタイは遠くになりにけり

今回は日本からパタヤへ帰還する話。

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2020年3月タイへ戻る

2020年3月頭に日本へ一時帰国。
日本での用事を駆け足で済ませて、タイへ戻ることにした。
10日ほどの日本滞在となった。

3月12日。
日本からタイへのフライトは、関空発のノックスクート便を利用。

関空はがらがら。

すでに多くの便が欠航となっていたが、ノックスクートはちゃんと運航されていた。
ノックスクートのチェクインカウンターでは、中国やイタリアの過去2週間以内の滞在歴があると搭乗できないと言われた。
事態はいよいよ深刻度を増しつつあった。

日本からタイへのフライトは特に何もなく通常通り。
ドンムアン空港到着時に、別のターミナルビルでスクリーニングチェックがあった程度。
検温するだけの簡単なもの。
普通に入国できた。

関連記事:実体験 タイ入国最新現地情報。ドンムアン空港での入国はゆるい。

14日間強制隔離だとか、陰性証明書だとか、10万ドルの保険加入だとか、COEだとか、アプリダウンロードだとか、それほどまでに厳しくなるとは想像もしていなかった。

結果的には絶好のタイミングでのタイ入国であった。
この翌日からは、到着時のアプリダウンロードないし申告書の記入が必要となった。

各社のフライトに欠航が相次ぐようになった。
3月16日にはタイエアアジアX、タイライオンエアが運休となった。
ノックスクートも当然のように運休となった。
3月22日にタイ入国には陰性証明書が必要となった。
3月25日にタイ航空も運休となった。
3月26日には非常事態宣言令が発出された。

あと2週間遅かったら、確実に渡航そのものができなかった。
LCC利用だと1週間後でもやばかった。

逆にタイから日本への一時帰国を遅らせていたら、日本に帰るのにも苦労しただろう。
もし日本に帰国できたとしても、再びタイに戻るには長い時間がかかったことになる。
もろもろ考えると、3月上旬に日本一時帰国して即タイに戻ってきたのは、本当に正解だった。
が、この先、数ヶ月もパタヤが暗黒街になるとは思ってもいなかったが。

ノックスクートは長引く運休期間についにギブアップ。6月末には、会社を清算することとなった。
もう二度とノックスクートで日本とタイを行き来することはないだろう。
最後のノックスクート搭乗となった。

2020年3月パタヤへ

タイに入国後は、バンコクで1泊して街の様子をうかがった。
大方の人がマスクをしているが、街中の様子は普段とさほど変わりがなかった。

ただし、どこも人が少ない。
観光客がいない。
ちょうど、トンローのパブでクラスターが発生したタイミングだった。

翌3月13日、パタヤへ。
特に困ることなく、バスに乗車。
バス車中でアルコール消毒をしたくらいか。

あっさりとパタヤ帰還。
約2週間ぶりのパタヤだが、ここでも大きな変化は感じなかった。
客がますます少なくなっているものの、店はどこも普通に営業している。

が、雰囲気はどんどん悪くなっていく。
タイ国内、そしてパタヤでも感染者が出ている。

3月17日、ソンクラーンの延期が決まった。

外国人の帰国も続く。
中には、帰国便がキャンセルとなり、帰国できない人も少なくないようだ。
日本行きのフライトはJALとANAを中心にかろうじて継続していた。

このあたりで、タイ滞在をあきらめて、帰国した日本人も少なからずいたはず。
危機的な状況ならば母国で過ごすのが一番安全安心。これはこれで賢明な選択だ。間違っていない。
わたしはパタヤにいることを初めから選択していた。そのためにいち早くタイに戻ってきた。
どうせ最低3ヶ月は滞在するつもりだった。
多少状況が悪くなるにせよ、3ヶ月もあれば状況はおさまるだろうと本気で思っていた。

3月18日ナイトスポット閉鎖

バンコクのパブとムエタイスタジアムでクラスターが発生していた。
いよいよ施設の閉鎖といったロックダウン措置が迫っているという噂があちこちで囁かれるようになった。
真っ先に対象となるのが、ナイトライフ施設だ。
でもパタヤはナイトスポットで成り立っている街。そうそう簡単に閉鎖にはならないはずだ。そんな希望的観測も多かった。
でも、希望はあっさりと砕かれた。

3月17日時点で、もうやばいという雰囲気が濃厚に。
バンコクでは18日からの娯楽施設閉鎖が決定したというニュースが流れた。
でもパタヤは大丈夫だろうとの憶測もあった。

が、正式に閉鎖命令が出される。
3月18日から2週間の娯楽施設閉鎖である。

3月17日がパタヤ最後の夜となった。

関連記事:どうなるパタヤ?昨晩のウォーキングストリートの様子をレポート

最後の夜に撮影したウォーキングストリートの様子を見返してみると、意外と多くの人がウォーキングストリートに集まっていた。

新規の外国人観光客は少なく、逆に多くの旅行者が帰国していたはずだが、それでもこれだけの人がいたのか。
この時点では、まだまだ外国人が残っていたことになる。

3月18日、本当にパタヤのナイトスポットが閉鎖された。
最初は半信半疑だった。
まさかパタヤの夜が全滅するなんて。
でも紛れもない現実だった。

関連記事:光が消えたパタヤの夜

ナイトスポットの2週間閉鎖。
まあ、しょうがないか。
どうせ2週間だし。
バーで働く人たちも、休みができたし、ゆっくり田舎で過ごすという人もいた。
2週間たったらまたパタヤに戻ってくると。

わたしも、閉鎖命令は当初の発表どおり2週間で終わると気軽に考えていた。
長いパタヤ滞在だ。2週間くらい我慢できる。

でも、甘かった。
猛烈に甘い見通しだった。
まさか3ヶ月半も閉鎖が続くとは、まったく想像していなかった。

ここから事態は坂道を転げ落ちるかのように一気に加速していく。

日本とタイはさらに遠くなっていくのだった。

(続く)

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