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日本とタイは遠くになりにけり

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タイに入国してから、すでに10ヶ月が経過した。
まだパタヤから出ることができずにいる。
この10ヶ月というもの、パタヤから一歩も外に出ていない。
一時帰国できない。
いや、日本に帰国するのはそれほど難しくないが、タイに再入国するのが大変だ。
だから一時帰国できずにいる。ずっとパタヤにいる。
こういった外国人は、日本人のみならず、タイにはたくさん残っているはずだ。

逆に、タイに来たくともタイに来られない人もたくさんいる。
それはもう凄まじいほどの数であろう。
2019年にタイを訪れた外国人観光客は3,990万人。
それが2020年3月下旬に商業フライト乗り入れが禁止されてからは観光客が入国できなくなった。観光客が文字通りにゼロになった。
その後、入国条件が緩和され観光目的での入国が可能になったが、14日間強制隔離は継続中。
3月下旬以降にタイに観光目的で入国した外国人旅行者は数千人程度だろう。

誰もが簡単にタイへ遊びに行ける時代は遠い彼方に追いやられた感がある。
LCCの片道1万円チケットでふらっとタイへ飛べていたことを思い返すと、タイはなんと遠い国となってしまったことか。
タイに長期滞在している者としては日本がなんとも遠い国に思えてしまう。

年末年始にタイ国内で第2波が起こった。
情報を集めるのに必死で、2020年の振り返り記事を書く余裕がなかった。
あらためて、この1年あまりのことを振り返ってみる。
本当に日本とタイは遠い国になってしまった。

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2020年1月から2月パタヤ

2019年から2020年への年越しはいつものパタヤだった。
街中が狂乱のお祭り騒ぎと化すパタヤのカウントダウンだ。
毎年経験していもこのお祭りモードにはテンションが上がる。
パタヤのカウントダウンは最高だ。
まさかその1年後にパタヤのカウントダウンがなくなるとは誰が想像できただろうか。

年明けも普段と変わらなかった。
1月には、徐々に新型ウイルスの話題がのぼるようになってきたが、日本でもタイでも本気で心配している人はほとんどいなかったように思う。
中国以外の外国で最初に感染者が確認されたのはタイだったが、まさかこの時点ではここまで問題が大きくなるとは微塵も思っていなかった。

1月中旬から下旬には日本から友人たちがパタヤに遊びに来た。

ウォーキングストリートは春節モードの飾り付けとなっていた。
中国人の団体客もまだいたし、特に大きく変わったところはなかった。

2月になると徐々に雲行きが怪しくなっていく。
街からは中国人の姿が消えていった。新規の団体観光客がまったく来なくなった。
パタヤでもコロナの話題が普通に出てくるようになる。くしゃみをするとコロナコロナと囃される程度のもの。まだ深刻度はそれほどではなかった。

店は普段どおりにすべて営業しており、うるさい団体観光客がいなくなったぶん、パタヤは静かで快適になっていた。

関連記事:新型コロナウイルスと穏やかなパタヤビーチ

ヨーロッパ、中東、南アジアなどで感染が拡大していった。
パタヤでは中国人以外の観光客もみるみるうちに減っていった。
2月時点でタイへの中国人観光客は9割減、外国人全体で6割減。

2月下旬ともなると、これはいよいよ世界的にまずいという雰囲気が漂ってきた。
帰国を急ぐ外国人が増えてきていた。

2020年3月日本一時帰国へ

3月頭に日本に一時帰国するつもりでいた。
この時期は予定通りに一時帰国すべきか少し悩んだ。
帰国を遅らせて状況が落ち着くのは待つべきか、それとも早急に行動するべきか。結局、元々の予定通りに一時帰国する選択をした。

関連記事:タイ・パタヤから日本への一時帰国を考える

この一時帰国を決めたときの判断は、結果として正しかったと思っている。
日本に一時帰国していたのは10日ほどだったが、タイ入国制限が厳しくなる前にタイに戻ることができたからだ。
もしも一時帰国の予定を遅らせていたら、タイに戻れなくなったかもしれない。
3月下旬にはタイは非常事態宣言を発令、鎖国状態に入るのだった。

日本行きのフライトはタイライオンエアを初めて利用。
片道運賃が7,800円という破格値。

関連記事:バンコクから関空へ。タイライオンエアSL304便搭乗レポート

すでにスワンナプーム空港とドンムアン空港で発着する便には欠航が相次いでいた。

マスクの国外持ち出し制限もかかっていた。

初めてのタイライオンエア利用だったが、3月16日以降欠航に。
再開の目処はまったくたっていない。
会社がどうなっているのかさえ情報がない。
はたしてもう一度利用できる日はやって来るのだろうか。
最初で最後のタイライオンエア利用とならないことを祈る。

日本一時帰国中

3月上旬、一時帰国中の日本は、今から振り返るとまだのどかなものだった。マスクなどが品薄になっているくらいか。
たしかにどこにもマスクは売っていなかった。パタヤでも品薄状態だったが、まだ買えていた。手指消毒薬もパタヤでは買えたが、日本では品切れだった。
そういえば、日本ではトイレットペーパーもあまり売っていなかった。

1月にパタヤで遊んだパタヤ好き友人たちと集まって、お好み焼きを食べながら宴会した。

この頃は集まっての飲み会も平気。飲み屋は空席がないほどにぎわっていた。
ひさしぶりに食べたお好み焼きはうまかった。

友人たちは次回のパタヤ旅行を6月に予定しているという。
でも、まだチケットは購入していない。
感染状況によって、本当に行けるかどうかわからないからと。

心配性だなあ、あと3ヶ月もあるのに。
きっと大丈夫だ。3ヶ月もあれば状況は落ち着くとわたしは本気で思っていた。
6月にはタイへ行けると友人たちに告げていた。
が、この予想は思いっきり外れた。完全に見当違いだった。
目先の判断は正しかったが、数カ月先の予想はできないものだ。

じゃあまたパタヤで会いましょうと友人たちとお別れ。
あれから10ヶ月。
まだ友人たちとは顔を合わせていない。

パタヤに来て10ヶ月。
この間、日本人とは一人も会っておらず、当然日本語で対面で会話する機会もない。ちょっと日本語が話せるタイ人と簡単な会話をしただけだ。
電話やビデオ通話越しではなく、対面で日本人と会話しないこと実に10ヶ月。
いやはや。
まさかこんなことになるとは。
日本語の会話を忘れそうになる。

さて、時系列を戻して、2020年3月上旬。
とにかく今は用事を早く済ませてタイに戻ることが先決。
タイではすでに入国制限が始まっていた。中国やイタリアからの入国が制限されていた。
急いでパタヤへ戻らねば。

パタヤに戻りさえすれば、また3ヶ月ほど滞在するつもりだった。
友人に話したように3ヶ月すれば状況が収まると本気で思っていた。
6月頃に再度日本一時帰国するつもりだった。
6月にパタヤに遊びに来る友人たちと一緒に帰国しようかなどと算段していたくらいだ。

この時点でも、まだまだ甘く見ていた。
まさか全世界対象に鎖国してしまうとは思っていなかった。
せいぜい、入国手続きが煩雑になるくらいだろうと。

が、事態は急激に変化していくことになる。

(長くなったので次回へ続く)

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