パタヤ千夜一夜

タイ・パタヤでの沈没日記とアジア夜遊び旅行記。パタヤグルメ情報、ホテル情報多数。

2015年8月~パタヤ沈没日記

さらばパタヤ-沈没日記最終話

投稿日:

58日目最終日

わたしは予定通り7時半には起床。
もちろん、カラオケ嬢はベッドで爆睡している。

なるべく起こさないように音を殺して荷造り開始。
1時間とかからずに、すべて片付いた。

大きなカバンに生活道具を詰め込んで、宿の倉庫に預けておく。
これで手ぶらに近い状態で日本に帰れる。

つづいて、レンタルバイクを返却。
特にチェックもなく、デポジットの1000バーツを返してもらった。
次回のパタヤ滞在でも借りるつもりなんで、ハイシーズンでも安くしてねとお願いしておいた。

カラオケ嬢との別れ

部屋に戻ると、ようやくカラオケ嬢が起きだして、もぞもぞしている。

さあ、お別れの時間が近い。

冷蔵庫に残ったビールや余ったシャンプーなどは、カラオケ嬢にすべてあげた。
お互いの手荷物の準備も整った。

いよいよだ。
ここから涙涙の別れの時。

ここ一月近く半同棲生活を送った部屋に残されたものは、思い出か悲しみか、それとも欲望の残滓か。
見つめ合う二人の心に去来するものは何?

わたしはしばし言葉を忘れたが、そろそろ行かねばならない。
出発の時間だ。

「空港まで一緒に来る?」

「行かない。部屋帰って寝る」

「・・・・」

あ、そうですか。

じゃあ、これ。
と最後のお小遣いを渡しておく。ほんの気持ち程度の額だ。
本当はもう少し上げたかったが、もう現金が残っていない。これで我慢してもらう。ちょっと申し訳ない気分。
まあ、借金だ、食事代だ、トップアップ代だ、バイタク代だ、洋服代だ、タバコ代だと、ビール代だといろいろ細かいカネがかかってしまった。
実はすでに予算オーバーの状態。もう無理。

彼女は黙って受け取り、カバンに札を押し込んでいた。

「日本に帰ったら連絡してね」

「うん。わかった」

「バイバイ」とそれだけ言い残して、彼女はバイタクの後ろに乗り込んだ。

実にあっさりとした別れだった。
涙なんか、一滴も流れない。

まあ、こんなものだよね。

空港のイミグレーション入り口前で滂沱たる涙を流しながらの抱擁なんてシチュエーションを伝え聞くことがあるけど、わたしの場合、そんな体験は一度もない。
空港までお見送りされたこともない。
いつも淡白なものだ。
別にそれでいいけど。泣かれても困るし。

そういえば、知り合いのゴーゴー嬢に聞いた話では、空港へ見送りに行って、帰りのタクシー代として2000バーツをゲット。もちろんバスでパタヤへ戻って、差額が儲かったよ、わはは、と笑っていたなあ。相手はファランだったらしいけど。
まあ、そんなもんです。

もちろん、中には本気で悲しんでくれる女性もいるだろうけど、基本、9割引きで考えたほうがいいです。
悲しみの理由の大部分は、歩くATMがいなくなってしまうことだから。1割くらいは本気かもね。

パタヤからドンムアンへ

さあ、帰るか。

帰国便は例によってエアアジアだ。利用空港はドンムアン。
いつもは、ジョムティエンからエアポートバスでスワンナプーム空港まで移動して、無料シャトルバスに乗り換えて、ドンムアン空港まで行っている。

今回は何となく別ルートを試してみたくなった。

パタヤからドンムアン空港へは、こちらの記事に詳しくまとめておいた。

関連記事:【最新版まとめ】パタヤからドンムアン空港への行き方

よって、移動に関しては駆け足で行く。
実際にどれくらいの時間がかかるのかを参考にしてほしい。

午後9時30頃、ブッカオを出発。
ブッカオからソンテウでノースパタヤのバスターミナルを目指す。
セカンドロードで右折してくれず、トップス前で下車。
ぽつぽつと雨が降ってきたので、バイタクに切り替える。
トップス前からボーコーソーまで60バーツの提示。今では60バーツがデフォルトらしい。粘り強く交渉すれば50バーツになりそうな気配だが、それよりも天候が心配だった。
幸いにも雨はそれ以上降らず、バスターミナルへ到着。

9時45分頃、モーチット行きバス119バーツを購入。
あいにく5分後出発の9時50分が売り切れ、次は10時半。
45分待ちとなってしまった。

目の前にバスが来ているのに乗れない悔しさよ。
バスターミナル (3)

バスターミナル付近を軽く散歩。

新しいホステル&カフェ⇒詳細
スリープカフェホステル (2)

ターミナル向かい側には、業務スーパーのmakro(マクロ)
業務スーパーマクロ

それにしても、このバスターミナルの周りは利用できる店が少ないなあ。食堂もほとんど見かけない。

ターミナルに戻って、待合スペース一番奥にある食堂で軽くぶっかけ飯を食べておく。

バスターミナルのぶっかけ飯 (1)

鳥肉とかぼちゃのカレー。一皿30バーツ。
バスターミナルのぶっかけ飯 (2)

特にうまくとも何ともなし。腹の足しにはなった。

バスは満席状態。

バスターミナル (1)

10時半発、12時半にはモーチットバスターミナル到着。

出発ターミナルまで汗だくになって移動。
いつも途中で一服してしまう。通路が長すぎて体力が持たない。

モーチットからの喫煙所

115番乗り場から、13時発のサラブリー行きのバスに乗って、約30分でドンムアン空港まで。14バーツ。

関連記事:モーチットバスターミナルからドンムアン空港へ行く方法。料金14バーツ。

大通りのバス停からドンムアン空港へは陸橋を渡る必要がある。その陸橋の下には、新しいファミリーマートが出来ていた。

マジックフードポイントそばのコンビニよりもターミナルビルに近い。
品揃えもいいし、ドンムアンそばのコンビニはここで決まりかな。
ちなみに線路をまたぐ陸橋を渡るとセブンイレブンもあるし、ローカル商店や屋台もたくさんある。

↓陸橋の向こう側がローカルエリア。写真には写っていないが、セブンイレブンがある
ドンムアン空港そばの陸橋

13時半過ぎドンムアン空港に到着。

ブッカオからここまでの所要時間は、約4時間となった。
モーチット行きのバスの待ち時間が無駄だったなあ。
やっぱりこの方法は疲れるな。次回からはやめよう。モーチットバスターミナルの到着エリアから出発エリアまでの移動距離が長すぎるよ。

ドンムアン空港から日本へ

ドンムアン空港エアアジア (3)

トイレに行ったり、うろうろしてからチェックインを済ませると、午後2時。
チェックインカウンター手前では、手荷物サイズのものもX線機械に通すように言われたが、パソコンなどはスルーだった。
よくわからないシステムだが、日本行きのタイエアアジアXのカウンターは混んでおらず、まったく時間はかからなかった。
でも、他のエアアジアの路線は、中国人とタイ人の大集団がいて大混雑していた。日本路線以外は、早めにチェックインを済ませたほうがよさそうだ。

コンビニへ戻って、食料調達。
おにぎり2個、どら焼き一個、ハンバーガー1個など。

コンビニ飯

なにせ搭乗するのはLCCのエアアジア。機内食が有料のうえ、空港内のレストランは異様に高い。マクドナルドのチーズバーガーセットが180バーツもするハイパーインフレ地帯。あらかじめ食料の用意は欠かせない。搭乗直前に食べておけば、フライト中はあまり腹が減らずにすむ。まったくセコイ話だが、やむをえまい。

イミグレーションを通過して、免税店で買い物。
すると時刻は14時40分。
もう搭乗時間だ。

ドンムアン空港エアアジア滑走路

慌てて最後の腹ごしらえと最後の一服をするなり、すぐに搭乗。
ちょっと忙しかった。

あ、カラオケ嬢に最後のお別れを言うのを忘れていた。まあいいか。どうせ寝ているだろうし。

エアアジア機内

スムーズに搭乗が終わり、離陸も早かった。
余韻に浸る暇もなく、機体はタイ上空へ飛び立つ。

タイから日本へ帰る時は、いつも複雑な気分となる。
日本はそれほど恋しくないけれど、母国へ帰れる喜びはもちろんある。
と同時に、タイを離れる寂しさも大きい。
いや、むしろ、後ろ髪を引かれる気持ちのほうが勝っているな。二ヶ月程度では満足できない。
いつもこの繰り返しだ。

さらばタイランド、さらばパタヤ、さらばカラオケ嬢、さらばいろんな人達。
再会できる人もいれば、そうでない人もいるだろうけど、どうかお元気で。

 

無事に帰国。

帰国一発目に飲む日本の缶コーヒーはやっぱりうまかった。

ちなみに、財布の中の残金は180バーツ。日本円が850円。
うーん、危ない橋を渡っているなあ。

 

こうして58日間にわたるパタヤ沈没はつつがなく終了。

ま、O/Iスタンプを押されるところから始まり、途中、大洪水に見舞われたり、バービア嬢に居座られたり、送金持ち逃げにあったり、食あたりになったり、パタヤへのテンションが落ちたり、いろいろあったけど、終わってみれば楽しかったな。

うん、やっぱり、パタヤがいいや。
また沈没しようっと。

(完)

 

というわけで、親愛なる読者の皆様、2ヶ月に渡る大連載記事のご愛読ありがとうございました。

時系列順の沈没日記はこれで完結ですが、書き残したネタやグルメ情報、恒例の出費一覧報告、パタヤ沈没ガイドなど、次回以降もまだまだ続きます。
お楽しみに。

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パタヤ新築ホテル情報2017年(11月5日更新)


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