沈没日記20
トップマンションのベッドで泥のように眠りこけていると、LINEの着信音で叩き起こされた。
カラオケ嬢からだ。
意識が白濁としており、すぐには応答できない。
電話は取らずに、シャワーを浴びることにした。
さっぱりしてから、こちらから電話を入れる。
LINEでは通信が途切れがちなので、12コールの通話だ。
カラオケ嬢との攻防戦
昨晩のわたしのメッセージを読んでの会話となる。
わたしの主張は、「今日のうちに一緒にパタヤへ帰ろう」というもの。
さて、カラオケ嬢がどうでるか?
まずは第一声は、「お金がない」というものだった。
お金がないから昨日も今日もママーしか食べていないという。
なぜだ?
つい数日前にあげた1000バーツは、もうなくなったのか。1000バーツあれば、一家数人でもしばらくは食事には困らないはずだ。
さらに言えば、半月ほどに実家への送金4000バーツを助けてあげたではないか。
あのカネはいずこへ?
まあ、タイ人に言わせれば、そんな端金、とっくに使ったわよということなのかもれしない。
助けて
お金送ってほしい
と、懇願するカラオケ嬢。
ならば一緒にパタヤへ帰ろうとわたし。
いや、帰らない
まずお金を送ってほしい
彼女の主張は変わらない。
「アオ タオライ?」と希望額を聞いてみた。
とりあえず田舎からウドンターニまで出てくる交通費があればいいだろう。
あとはパタヤへ帰ってから考える。
が、彼女の答えは、4000バーツ
そんなカネはない。
「マイミー」とわたしは即答した。
もちろん、タイの銀行口座や日本円の現金では持っている。
でも、この金に手を付けるわけにはいかない。
少なくとも、今はダメだ。
今回の一件は実にタイミングが悪いのだ。
こちらは、2ヶ月から3ヶ月スパンで予算を組んで考えている。
パタヤ到着時に、実家への送金を負担してあげている。
その額4000バーツ。
それと同じ額を今回も要求しているのかもしれない。
でも、まだ早い。
あれから一ヶ月も経っていない。
一ヶ月経っていたら、当然払うべきお手当の一部として、送金に応じたかもしれない。いや、実際に払うつもりだった。
でも、このペースでお金を使っていたら、こちらの財政が破綻してしまう。
もうちょっと待ってほしい。
今月末なら、4000バーツでも5000バーツでも、またお金を渡せるから。
そう言ってみたが、カラオケ嬢は聞く耳を持ってくれない。
今ほしい。
あなたはお金を持っている。「ミー!」と連呼している。
わたしの返事は「マイミー」しかない。
強い口調でしばらくやり取りしたのち、一方的に通話が切られた。
その後、LINEのメッセージが届く。
おそらくは翻訳アプリのせいだろうが、英語の文章はめちゃくちゃだが、こういう意味だった。
「それなら、パタヤへは行かない」
わかった。
わたし一人でパタヤへ帰ることにする。
いい機会だ。
ちょっと時間と距離をとろう。
カラオケ嬢のことは、まだ嫌いにはなっていない。むしろ好きなままだ。
でも、時間が必要だ。
気持ち的にも財政的にも時間が必要だ。
パタヤ行きバスを確保
そうと決まれば、行動は早い。
ウドンターニーバスターミナルまで出向いて、バスのチケットを確保するまでよ。
往路と同じく、407バスだ。
予定では、今日の深夜バスでパタヤへ向かうつもりだった。それもカラオケ嬢を連れて。
が、一人で帰るとなると、彼女を待つ必要がない。
一番早い便に乗ればいい。
ラッキーなことに、午前11時45分発のVIPクラスの席が残っていた。
ウドンターニー発パタヤ方面行き407バス時刻表(バス自体はノンカーイ発ラヨーン行き)
この時間のバスは初めてだな。
チケット売りのおばさんに到着時間を聞いてみる。
「トゥン パタヤー ギーモーン」
答えは、「ハートゥム」。つまり午後11時だ。
ふむ、デフォルトで約11時間か。これは12時間を覚悟しておいたほうがいいな。
まあ、いいか。
パタヤへ帰ると決めた以上、素早く行動したい。
軽くしこりは残っているものの、気持はどこかすっきりしていた。
ウドンタニー最後の食事は正統派クイティアオナムトック
ホテルへの帰り道、セントラルプラザの道路向かいにある屋台通りで、クイティアオを食べておく。
これが、ウドンタニーでの最後の食事となる。
注文は、「センレッックナムトックムー」
中太麺のナムトックスープの豚肉入り
ナムトックとは、豚もしくは牛の血を混ぜた特濃スープのことだ。
毒々しい色をしているが、ひどい臭みがあるわけではなく、独特の風味があって、イサーン人のみならずタイ人全般に好まれているスープ。
ここのナムトックは、特筆してうまくはないが、ほどほどに満足できる味だった。
まさに正統派ナムトックって感じ。
添え物でついてくる野菜皿には、ゴーヤ(タイ語でマラ)も入っていた。
クイティアオ代40バーツ。
パタヤへの長いバス旅が再び始まる
トップマンションへ戻って、荷造り。
フロアにいる掃除のおばちゃんにチェックアウトを伝えて、部屋の確認をしてもらう。
レセプションに降りた頃には、すでに確認終了。
そのままチェックアウトできた。
バスターミナルの407オフィス前には、すでにバスが待っていた。
さっきのチケット売り場のおばさんがバスの前にいて、わたしを案内してくれた。
おお、いい人だ。
バスは2階建て。
VIP席は、1階にある。
残念ながら、最前列ではなかったが、致し方あるまい。
まあ、後ろの席を気にせずにリクライニングできるのがありがたい。
1階部分(下の階)のことをタイ語で、チャンラーンという。英語ならLower floor、もしくはDownstairsでもオッケー。
2階部分(上の階)は、チャンボーンだ。英語でUpper floor、もしくはUpstairs。
ホテルやアパートの階層を伝えるときは、チャンのあとに数字をつければいい。
2階はチャンソン、3階はチャンサームといった具合。
でも、何階建てという時は、数字の後にチャンをつけるみたい。
ビルが4階まであるとすると、「ミー シーチャン」みたいな言い方をしている。
ちなみに、
下は、カンラーン
上は、カンボーン
ソイ6あたりで、2階の部屋へ誘われるときは、「パイ カンボーン」と言われますな。英語なら「go upstairs」
逆に、建物の下まで行くことを「パイ カンラーン」と言う。
覚えておきましょう。
と、余談はここまでにして、あっという間にバスはパタヤへ向けて出発した。
機内食ならぬ車中食は、こんなものが配膳された。
前列は、禿頭のファランと妙齢のタイ女性のカップルだった。
仲睦まじく隣り合っている。でも、決して大きな声を上げることなく、とても好感の持てる二人だ。
ちょっとうらやましい。
わたしの隣には、30代と思しきタイ女性。
ほとんど寝ているが、ちょこちょこと大きな音で携帯が鳴っている。
相手は、自分の子どものようだ。
ああ、お母さんは、これからパタヤへ出稼ぎに行くのだな。
まあ、勝手にわたしが想像しているだけだが、きっとそうだ。
これが20代前半で子どもがいないような女性なら、そのまま相手をしてあげたいところだが、あいにくとわたしの趣味からは完全に外れており、パタヤに着くまで一言も口をきくことはなかった。
行きは良い良い、帰りは寂しい。
孤独なバス旅が続く。
やけに渋滞しているなあと思っていたら、トラックの荷物が道路にぶちまけられていた。
途中のガソリンスタンドで、バスの給油とトレイ休憩。
ムーヤーンとカオニャオを購入。
ほかほかのカオニャオがうまい。
コラートでさらに長めの食事休憩が挟まる。
ウドンターニーからコラートまでは、約6時間かかった。
やはり昼間は道路渋滞もあり、時間がかかるようだ。
夕闇迫るコラートバスターミナル
往路と同じくVIPフロアーでさっと食事。
ぶっかけ飯は、ラーブだった。
辛さは、ロールケーキで中和させておく。
再度、バスは出発。あとは、パタヤまで休憩なしだ。
まあ、時間のかかること。
コンケーン、チャチュンサオ、チョンブリー、シーラチャーと経由して、ようやくPattaya Cityの標識が見えた時には、すでに深夜0時をまわっていた。
パタヤカンで下車したのが0時15分くらい。
実に12時間半にわたる長旅だった。
パタヤ帰還
でも、帰った来たぜ、パタヤに。
カラオケ嬢はイサーンに置き去りにしてきたけど、とりあえず帰って来た。
まあ、あとのことはあとで考えよう。
パタヤカンからブッカオまでは、バイタクの言い値が80バーツだった。
スクンビットの道路工事のため、車両での道路横断は不可。パタヤタイ近くまで迂回する必要がある。
そのせいで、バイタクもなかなか値下げしてくれない。
なんとか70バーツで行ってくれるバイタクを見つけて、ブッカオまで移動できた。
約5日ぶりの部屋へ戻ってきた。
部屋はきちんと掃除してあった。ばっちりだ。
なじみのバービアで軽くビールを飲んでおしまい。
カラオケ嬢からの連絡はない。
わたしからも連絡していない。
彼女を置き去りにする形でパタヤへ戻ってきてしまった。
悪いことをしたような気もするし、しょうがないような気もする。
カネがなければ、夜の女性を満足させてあげることは難しい。
これはもう、タイ夜遊びの鉄則である。
そして、きちんと自分の予算内もしくは財政破綻しない範囲内の出費で遊ぶことも、タイ夜遊びの大原則だ。これは人によって額の大きさが異なるが、大前提としては変わらない。
確たる線引が必要だ。
そこから一歩踏み出すことは、オーバーな言い方をすれば、日本で借金をかかえて事業を起こしたり結婚するのと同じく、人生の大部分をかけた一大イベントとなってしまう。
タイに限らず、日本国内でも、夜の女性に入れ込んだ挙句、身の破綻を招いた男は決して少なくない。
まあ、どちらにせよ、取り返しはできるだろうけど、かなりの意気込みが必要なのも確か。
人生には、あえてリスクを取るべき局面というものがあるが、わたしは、まだそこまで踏み込む勇気はない。
しょせん遊びさ、とうそぶくつもりはない。夜の女性に対して本気になる奴がバカなのさと、斜に構える気もない。
でも、今のところは、ほどほどに真剣かつほどほどに遊びで付き合っておきたい。
ま、こういうスタンスがばれると、愛想をつかされるのかもね。
カネがあれば、パタヤは天国さ。
なるようになるさ。
しばらくは、パタヤで自由気ままなかつ禁欲的な一人暮らしだね。