北京へ
まだまだ続くアジア夜遊び紀行。
日本への一時帰国を挟んで、ふたたびパタヤへ。
もちろんアパートはそのままにしてあった。
家賃はもったいないが、わざわざアパートの契約を解約して、別のホテルに泊まるよりかは安上がりだった。
航空会社は、はじめて中国国際航空を利用してみた。
ちょっと北京にストップオーバーで寄り道したかったから。
しかも中国国際航空が安かった。
往復で5万円くらいだった。
中国人乗客が機内で大騒ぎしていそうなイメージだったけど、意外と普通だったので拍子抜け。
数日ほど北京観光。これがはじめての北京だった。
故宮、天安門広場、万里の長城など。
詳しくは例によってばっさり割愛。
万里の長城は見応えがあったかな。
故宮も天安門もどこもかしこも人民だらけだった。
ちなみに北京では、まったく夜遊びせず。
公安こわい。ぼったくりこわい。
人民多すぎ。
パタヤへ戻る
さくっと、パタヤのマイルームへ帰還。
やはり落ち着くな、パタヤは。
帰ってくるたびに、痛感させられる。
部屋で荷物をほどくと、すでに深夜の時間帯。
何となく一人寝が嫌だった。
このアパート生活を始めるときに世話になったゴーゴー嬢のボーちゃんに連絡してみた。
ソンクラーンの時期に田舎へ帰っていたけど、最近またウォーキングストリートのゴーゴーバーで働き出したようだ。
幸か不幸か、この日はちょうどノーアルコールデイ。ゴーゴーバーはすべて閉店。
バーファインいらずで部屋へ来てくれた。
久々の再会を祝して、一発。
やはり、ボーちゃんのサービスはすばらしい。
なんという安定感か。
そろそろ出会って1年半くらいになるけど、一切手抜き無しの濃厚サービスである。
プロフェッショナルだなあ。
でも、そのぶん、お互いに恋愛感情めいたものもない。
かといって、カネ、カネ、カネとしつこく要求されるわけでもない。
バービアで支払うのと同じくらいの額で感謝される。それも満面の笑みで。
ウォーキングストリートの人気ゴーゴーバーのダンサーにしては、なかなか謙虚な性格。
翌朝ももちろん一発。
うーん、やっぱりパタヤだな。
日本の友人と合流
数日後、日本から友人二人がタイにやって来た。
大先輩のK氏とS氏。
このパタヤ発アジア夜遊び紀行の出発時に一緒だった二人が、数ヶ月の間を経て、また合流を果たすわけである。
合流場所は、パタヤではなくて、バンコクのモーチット・バスターミナルだった。
なぜかというと、K氏の彼女である元バービア嬢の実家があるコラートへ向かうから。
その彼女は、パタヤのバービアをやめて故郷コラートの工場で働いている。
わたしはK氏の依頼を受けて、彼女の実家へ視察へ行ったことがあった。
それが数ヶ月前。
参照記事:イサーンへ。バービア嬢の実家へ遊びに行く
で、今回はわたしが引率する形で、コラートへ行くことになったのである。
まあ、S氏のほうは直接関係ないけれど、イサーンにも行ってみたいそうなので同行。
友人二人は深夜便でスワンナプームへ到着。それからモーチットへ移動する。
わたしは、ノースパタヤのバスターミナルからモーチット行きのバスに乗ればいいだけ。
始発が早朝4時半。
さすがにこの時間ならガラガラだろうと思いきや、チケット売り場はすでに長蛇の列だった。
特にエカマイ行きのバスが人気で始発が売り切れそうな勢いだ。
モーチット行きは問題なく購入できた。
無事にモーチット到着。
photo credit: -AX- via photopin cc
出発ターミナルの待合所で、二人と久々の再会を果たす。
この時のわたしの格好は、Tシャツ、短パン、サンダルという南国仕様三種の神器セット。
しかも、日焼けしており、肌も黒い。
「なんか、すっかりタイ人みたいになったなあ」
と、久しぶりに会ったK氏が呆れていた。
自分ではまったく気付いていないけれど、やはりパタヤの滞在歴が長くなると、すっかり現地人化が進んでしまうものらしい。
だって暑いんだもの。
サバーイサバーイでいたいじゃないか。
バンコク居住歴10年の友人が言うには、そのうち性格までタイ人化してしまうそうだ。
おそるべしタイの感化力。
もうわたしはたぶん、手遅れだな。
気にしてもしょうがない。
さて、コラートへ向かいますか。
この本、かなりおもしろい。エイズ村潜入記は夜遊び好きなら必読かも。
こちらは、より包括的な現代中国の性事情を解説したもの。都会から農村まで、いたるところ風俗だらけ。人民たちの精力おそるべし。