去年くらいのこと。
わたしが懇意にしているバービアがあった。
カウンターが10席あるくらいの小さなバービアで、若いママさんが切り盛りしている。
ちょっと色気があるママさんだったので、ちょこちょこと顔を出していた。
そのママさん、実は、元SB所属。
SBは、けっして日本の食品会社ではない。
ゼッケンをつけた瀬古利彦が必至の形相でマラソンを走っているわけではない。
番号札をつけただけのあられもない格好をした若い女性がステージ上でやる気のないダンスを踊っているSBである。
彼女は、見た目は若かったけれど、すでに30代後半。
ゴーゴーバーではとっくに通用しない年齢。
SBで頑張って働き、小金を貯めこんで、このバービアをはじめたらしい。
といっても、ごく小さなバービア。
ブッカオの片隅で営業しており、客足は悪い。
在籍しているバービア嬢は、いつも年配のおばさんが一人いるだけ。
これでは客が来るわけない。
わたしは、いつも夜遊びの準備運動的にビール一本だけひっかけていた。
ほとんど売上には貢献していない。
でも、彼女とは普通に仲良くなった。
もちろんペイバーもしないし、ドリンクもほとんど奢らない。
普通に友達状態。
元SBの同僚が働いているバービアを紹介してもらったりと、多少の便宜ははかってもらったかな。
でも、元SBといっても、年齢はやはり30代で、わたしの守備範囲外。
普通に飲むだけで終わった。
そんな状態がしばらく続いていた。
で、ある日、彼女から神妙な声で電話がかかってきた。
話があるという。
ピンときた。
借金の申し込みだ。
ブッカオで待ち合わせて直談判となった。
彼女の言い値は、最初は3000バーツ。
断る。
2000バーツ。
やっぱり断る。
最後には、500バーツでもいいと言われた。
ああ、よっぽど切迫しているんだな。
あの客入りだ、無理もない。
それでも、やはり断る。
額面の問題じゃない。
タイでは金の貸し借りは一切しないと決めている。
まあ、日本でもやらないけど、タイならなおさらだ。
断固として首を振っていると、彼女はしょぼんとして引き上げていった。
おかげでそのバービアには行きづらくなってしまい、疎遠となった。
いつしか、彼女のバービアは閉店。
やっぱりね。
こうして、ブッカオの片隅から小さなバービアの灯が消えた。
商売なんてそういうものだ。
とはいえ、ちょっと心残りだった。
ほどなくして、彼女から電話がかかってきた。
故郷のイサーンに戻って、ホテルのレストランで働いているそうな。
同じ職場で働いている20歳の子がかわいいから、紹介してあげるという。
早く遊びにおいでと。
その声は、心なしかバービア時代よりも弾んで聞こえた。
わたしがお金を貸さなかったことなんて、ちっとも恨んでないのね。
まあ、元気そうで何よりだ。
ゴーゴーバーのダンサー、バービアのママさんとパタヤで働き続けたけれど、結局はパタヤに何も残せず、故郷で地道に働く。
やっぱり、イサーンの子は、イサーンで過ごすのが一番だよね。
教訓その1
ママさんといえど、タイの夜の女性は平気でお金を無心してくる
教訓その2
でも、それほど本気ではない
教訓その3
たとえカネを貸さなくても、相手はちっとも気にしていない
教訓その4
でも、貸したカネは返ってこないと思え
教訓その5
バービアの経営は難しい
教訓その6
SBのダンサーが、必ずしも金持ちになって幸せになるわけではない
教訓その7
でも、イサーンで貧しいながらも元気に生活するのもいいよね
教訓その8
イサーンは遠いんで、パタヤへ若い子を連れて来て、わたしに紹介してください
できればスーパーベイビーのエース級のルックスの子をお願いします
500バーツくらいあげるから
返さなくていいよ