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タイ脱出作戦とナナプラザで遊ぶ

前回のあらすじ。
パタヤで遊んでいると空港閉鎖の知らせが入り、右往左往する。
いてもたってもいられず、パタヤからバンコクへ向かったのだった。

8日目つづき

夜9時頃、バンコク到着。
降り立ったのはカオサン通りだ。
また戻ってきてしまったカオサンへ。
空港閉鎖もなんのその、カオサンはいつものカオサンのにぎわいを見せていた。

まずは旅行代理店へ。
ペナン島やシンガポール行きのツーリストバスについて調べてもらった。
運行はしているが、今日はもう遅いので手配は翌朝になるとのこと。
がーん、せっかくパタヤから駆けつけてきたのに。
しかたないので、そのままテキトウな宿に一泊。500バーツ。
この日は何もせず、おとなしく就寝。

 

9日目

朝一で旅行代理店へ。
ペナン島へのバスを手配してもらう。
本来なら列車とバスを乗り継いでペナンへ行けるらしいが、タイ南部の大雨で線路が分断されているので無理とのこと。
オー タイランド ハズ ビッグプロブレム
と、代理店のおじさんがオーバーに嘆いていた。
とりあえず、バスチケットを確保できたので一安心。

次へ向かうは、キャセイパシフィックの事務所だ。
もうカオサンに用はないので、スクンビットに宿を移動。
インターネットで調べて、ホテルを予約。
なるべく安いホテルを選ぶと、アラブ街のど真ん中にあるホテルだった。

ピナクル スクンビットイン (Pinnacle Sukhumvit Inn)

場所柄、周囲はちょっと騒がしいが、とても便利な立地で、部屋は狭いながらも特に問題なし。
意外と穴場かも。

 

荷物を置いて、すぐにキャセイパシフィックの事務所へ。
事務所の待合室は人で溢れかえっていた。
順番待ちの番号札を取って、ひたすら待つ。
が、時間切れ。もう終業時間らしい。
おいおい、非常事態なんだから全員手続き終えるまで、営業しろよ。

番号札はそのまま有効なので、翌朝再訪することに。
うまくいかないなあ。

 

ナナプラザ

 

夜。
はじめてナナ・プラザへ行ってみる。
前回の訪タイでは、場所がわからずに断念したのに、今回はあっさりと発見。いや、それが当たり前。

おお、ここが噂に聞こえたナナ・プラザ
コの字の建物にゴーゴーバーがひしめきあっている。
これぞ男の楽園ビルディングだ。

どこに入っていいものやら、うろうろ。
一階奥にやたらと美人のダンサーが手招きしており、思わず入りそうになる。
あ、やばい。店名がオブセッションって書いてある。
レディボーイか。
あぶないあぶない。

結局、「ロリポップ」の日本語を話す呼び込み兄ちゃんに誘われ、入店。
うーん、中のダンサーはいまいち。
外に出て、カウンター席でだらだら飲む。
すると、もろに好みの若いホステスを発見。
あまり英語が話せない子だったので、呼び込みの兄ちゃんに通訳してもらってコミュニケーションをはかる。
18歳のUちゃん。
もっと若く見える。
今思えば、きっと実年齢はそれより下だっただろう。
呼び込み兄ちゃんは、「アナター ペイバーする」とうるさかったが、日本への帰国の心配で頭がいっぱいだったので、この日はパス。
明日の再会を約束。

 

10日目

すでに、本来の帰国日から数えて5日経過。
いつまでタイに雪隠詰めにされるのだろう。
いくら南国の楽園とはいえ、帰国のめどが立たないのは心中穏やかではいられない。

朝一でキャセイパシフィックの事務所へ。
さんざん待たされて、ようやく順番がまわってくる。
応対してくれた係員はとても親切だった。
2日後のウタパオ発の臨時便を手配してくれた。
よし、これでとりあえず帰れるぞ。

ペナン島行きの必要がなくなったので、ツーリストバスのキャンセルをしにカオサンへ出向く。
それから、情報収集のため日本大使館にも寄ってみた。
もっと混雑しているかと思いきや、かなり静かな状況。
大使館の人に話を聞いてみると、大方の日本人はウタパオやチェンマイ発の便で帰国しているとのこと。
まあ、そりゃあそうか。

夕方、ホテルへ戻ると、キャセイパシフィックから連絡が入っていた。
ついにスワンナプーム空港閉鎖が解かれて、あさってから運行開始。で、午前中の便を確保したから、それに乗ってくれと。
まじで?
取り次いでくれたフロントの人に何度も確認してしまった。
ああ、長かった。
二転三転したけれど、これでもう心配はいらない。
あとは、あさってスワンナプームへ行くだけだ。

 

夜。
気分よく、前夜の約束を果たしにナナ・プラザへ。
ロリポップのUちゃんをペイバー。
上階にあるヤリ部屋へ。
狭く汚い部屋だったが、Uちゃんの体はピチピチのろりろりだった。
ナナ・プラザ最高。

 

11日目

だらだらと最後のバンコク滞在を過ごす。
とりあえず思い残すことはない。

夜はスクンビット通りをうろうろしただけで、誰もペイバーせず。
もう夜遊びはいいかなという気分だった。
第一、もう手持ちの現金が底をついていた。

 

12日目

さらばバンコク、さらばタイランド。

スワンナプーム2

午前中にスワンナプームへ。
空港では、再開記念行事で華やかな雰囲気。
テレビの取材もあちこちで行われている。
無料の料理やドリンクが振る舞われていて、ご相伴にあずかる。

スワンナプーム1

 

パスポートを見せるだけで無事にチェックイン。
一路、香港へ。
乗り継ぎの関係で香港で夜を明かす。
それから、ようやく日本帰国。

長かった。無駄に長かった。
どうせ長逗留するなら、帰国の心配もなくのんびりしたかった。

が、まあ、こんなトラブルも振り返ってみれば、旅のいい思い出だ。

元々の予定では、タイはパタヤのみだったが、結果としてバンコクでも遊ぶことができた。
終わりよければすべて良し。

まとめ

まさかの空港閉鎖による帰国不可というトラブルにあっても、ますますタイが好きになった。
翌年、3月にバンコク・パタヤを再訪。
そこからは、もう完全にタイの虜。
特にパタヤにはまる。
年間5回ペースでパタヤ詣を繰り返すことになるのだった。


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