パタヤ近況

2021年を振り返り、ロックダウンとタイ開国

投稿日:

2021年がもうすぐ終わる。
今年1年を振り返ってみよう。
といっても、パタヤはほとんどの期間がロックダウンされていた。
ナイトライフ店が合法的に営業できていた期間は、ほんの2ヶ月ほどだ。
パタヤ生活=ロックダウンといってもいいくらい。
それでもタイは開国した。

広告



1月

2020年12月30日、第2波到来により、年の瀬ギリギリにパタヤはロックダウンされた。バーなど娯楽施設はすべて閉鎖となった。
カウントダウンもすべて中止。
実に寂しい年越しと正月なった。

ウォーキングストリーチは一気にゴーストタウンへ逆戻り。

何もせずに1ヶ月を過ごす。

2月

第2波は弱かった。
なんと、2月1日には早々にロックダウンが解除され、バーが再開となった。
これは予想外の早さだった。
午後11時までという縛りはあるが、バーも普通に営業。

3月

3月に入ってもバーは通常営業。
チョンブリ県の新規感染者はゼロが続く状態だった。
規制が緩み、夜の店もにぎやかになっていった。
特にLKメトロとツリータウンは、パンデミックより人であふれるほどの人気となった。
この頃が、今年一年で一番平和だったように思う。

4月

4月1日からタイ入国時の隔離期間が短縮された。14日間だったものが、ワクチン接種済みであれば7日間、ワクチン接種無しならば10日間となった。
開国ムードが少し高まった。

が、その一方、なんだか良からぬ雰囲気がバンコクから届くようになった。
トンロー地区でのパブやコヨーテクラブでのクラスター発生だ。そこには日本人会や日本大使も関わっており、一気にキナ臭くなった。
まずはバンコクの一部エリアで娯楽施設が閉鎖となった。
それからは、あれよあれよと言う間に全国に広がっていき、第3波となった。
パタヤやシラチャーの娯楽施設でも続々とクラスター発生。日本人に関連する施設が多く、保健当局がわざわざ日本語で正式な警告文書を出すほどだった。
4月10日にパタヤはまたもロックダウン。娯楽施設はすべて閉鎖された。
ここから予想もしない長い閉鎖期間が続くことになる。

隔離期間の短縮もあえなく中止となり、14日間に戻されることになった。

5月-6月

第3波は強力。
街はずっとロックダウン。
県内移動も厳しくなり、国内旅行でも難しい状況となった。
ひたすら部屋にこもるしかない生活だ。
自炊能力だけが向上していった。

7月

7月1日、念願だったプーケットサンドボックスが実現した。
限られたワクチン資源をプーケットに投入し、プーケットのワクチン接種率70%を達成。
低リスク国からのワクチン接種済み旅行者は、強制隔離無しでプーケットに入国できるようになった。
当初のリストから日本は外されていたが、急遽追加となった。最初はビジネス客限定としていたが、この条件もすぐに撤廃され、日本から観光目的でのタイ隔離無し入国が実現した。とはいえ、プーケット内に14日滞在しないと、タイ国内は自由に移動できない縛りがあり、日本から観光客はほとんど増えなかったが。

7月15日には、プーケットに続いて、サムイ島が開放された。サムイプラスという制度でプーケットよりはかなり厳しい制限付きだった。

一方、タイ全国では新規感染者が増加する一方。
ついに1万人を突破した。

日本人の間でもワクチン接種を急ぐ動きが加速。
また、いよいよタイ滞在はあきらめ、日本へ緊急帰国する動きも出てきた。

8月

タイ全国での新規感染者がいよいよ2万人を超えた。
チョンブリ県の新規感染者は1,000人を超え、ラン島は部外者立ち入り禁止の完全ロックアウト状態に。

日本やアメリカからはワクチンの無償提供が実施され、日本人向けのワクチン接種プログラムも開始された。

8月中旬にパタヤからバンコクへ移動してワクチン接種を受けた。

パタヤから外に出たのは本当にひさしぶりだった。

9月

まだまだロックダウンは続く。
午後9時から翌朝4時までは夜間外出禁止だ。
当初は9月1日開始予定とされていたパタヤ開放計画「パタヤムーブオン」は10月1日に延期された。
ただ、新規感染者は徐々に減少傾向に。
タイ開国計画が現実味を帯びつつあった。

10月

新しい隔離期間が設定された。ワクチン接種済みなら7日間に短縮された。要するに4月1日の状況に戻されたわけだが、ここまで来るのに半年かかった。
プーケットサンドボックスの必須滞在期限は7日に短縮された。
ただし、パタヤやバンコクの開放はすったもんだのあげく、またもや延長となった。

一方、首相はタイ開国を実現させると宣言。
11月1日開国がいきなり目に見えてきた。

個人的には、10月上旬に2回目のワクチン接種を受けた。当初の予定を1ヶ月繰り上げて接種した。

そして、11月1日のタイ開国が決定した。
日本も対象国に含まれ、日本からの隔離無しタイ入国が実現することになった。

この決定と時を同じくして、日本一時帰国を決行した。

日本がリスト入りしたことを知ったのは、スワンナプーム空港で日本行きフライトに搭乗するのを待っている時であった。
我ながら見事なタイミングだった。

タイに入国したのが2020年3月。そしてようやく日本一時帰国するまで1年7ヶ月以上の時が必要であった。長かった。本当に長かった。

11月

11月1日、タイは開国した。ついでにバンコクとパタヤもサンドボックスによって開放された。
日本からは隔離免除制度を利用できるため、サンドボックスの意味はほとんどない。
新しい入国申請システムのタイランドパスもスタート。

日本での自宅待機と用事を済ませて、タイ入国準備を進めた。
タイランドパスを2分で取得し、準備万端。
11月中旬に再びタイの土地を踏むことになった。

11月1日から、バンコクでは店内飲酒が解禁されていた。
パタヤでは引き続き店内飲酒は禁止のまま。
開放されたはずのパタヤは夜はゴーストタウンのままだった。
夜間外出禁止令は解除されたが、どうせ夜の店は営業しておらず、あまり意味無し。

ただ、イベントは続々と開催され、タイ人観光客は集まってきた。

パタヤ花火大会では、この1年以上見たことがないほど多くの人が集まり、大賑わいだった。
パタヤは週末だけの街となった。

12月

12月3日、唐突にパタヤの店内飲酒が解禁された。
翌日以降、徐々にバーがレストランとして営業再開するようになっていった。
ソイブッカオ沿いやツリータウン界隈のバービアはいつしかフル再開。
ようやくパタヤの夜が一部とはいえ復活した。

その一方、オミクロン株への警戒から、タイ入国制限はふたたび強化された。
隔離免除入国の新規申請は中止となった。
新たなに申請してタイに入国するのは、7日間の強制隔離かプーケットサンドボックスを利用するしかない。
タイ開国、パタヤ開放は、2ヶ月もたずにいったん停止。

12月末現在、パタヤの感染者は急増中。
ぎりぎりの状態ながらも、今年のパタヤカウントダウンは実施される。
薄氷の上を歩くかのような思いだが、まずは無事に年越しを迎えることができそうだ。
来年はどうなるかわからない。
もう先の予想など不可能だ。

まとめ

今年一年のうち、パタヤ滞在が約11ヶ月、日本が3週間とバンコク少々、合計12ヶ月。
タイ当局のころころ変わる方針と現場レベルでの混乱ぶりに振り回された感はあるが、まあもう慣れっこだ。
臨機応変にやっていくしかない。
実際に、絶妙なタイミングで日本一時帰国ができて、すぐさま隔離免除入国でタイに戻ってくることができた。
この点はうまくやれたと思う。

ロックダウンに明け暮れたが、最後にはタイは開国し、パタヤは開放された。
夜の店は一部再開。
が、ここに来て、また雲行きが怪しくなってきた。

来年のタイ入国やパタヤがどうなるのかまったく不透明。
また隔離免除入国が復活し、ナイトライフ施設の営業再開が全面的に認められることを期待しよう。

最後に、今年一年、当ブログのご愛読を感謝。
来年こそは、誰もが簡単にタイ旅行が実現できて、パタヤを満喫できる日が訪れんことを。

広告

-パタヤ近況

Copyright© パタヤ千夜一夜 , 2022 All Rights Reserved Powered by STINGER.