沈没日記14
ウォーキングストリートをぶらぶらしていると、とあるゴーゴーバー前で呼び込み嬢に声をかけられた。
綺麗な顔立ちをしている。
はっきり言って、好みだ。
ん?
どこか見覚えがあるなあ。
が、すぐに思い出せない。
先方のほうがよく覚えていた。
昔わたしの部屋によく泊まりに来ていたゴーゴー嬢だった。
うわあひさしぶりだなあ。
こうして顔を合わせるのは、たぶん3年か4年ぶり。
再会を祝して、店内で一緒に飲む。
元々は、今はなきソイLKメトロのゴーゴーバーで知り合った。
一度ペイバーしてからは、仕事終わりや休みの日に、わたしの部屋に泊まりに来るようになった。
2012年、わたしが初めてパタヤでアパートを借りて暮らし始めた頃の話だ。
思えば、この頃に長期滞在の遊び方を覚えたような気がする。
2012年のウォーキングストリート
2012年は空前の円高で、1万円=4000Bに届こうかという時代。
LKメトロのバーファインもチップもそれほど高くなく、かなり好き勝手に遊べた。
最初にさくっとペイバーして、さくっと仲良くなり、部屋へ来てもらうパターンが確立していった。
彼女のほかに何人もそんな女性がいたなあ。
バッティングしそうになって冷や汗をかいたこともある。
その後、彼女とはしだいに疎遠となっていった。
最後に会ったのは、たぶん2013年のこと。
もう3年、いや4年近く経過している。
そして、今、ウォーキングストリートでひさしぶりに再会。
現在のウォーキングストリート
彼女自身、2年ぶりにパタヤに戻ってきたという。
韓国人との間に子どもができで、ずっとイサーンの実家にいたそうだ。
子どもの写真を見せてもらったが、たしかにそれっぽい顔をしている。
が、その韓国人は、本国へ帰ってしまい、もうタイには戻ってこないという。
彼女はシングルマザーとなり、またこうしてパタヤへ出稼ぎにやって来た。
まあ、ありがちな話で、別に相手の国籍はあまり関係ない。
タイ人、韓国人、日本人、ファラン、どこの国にも、そういう男はいる。
出会いから4年以上。彼女は、現在24歳になったそうだ。
以前よりも綺麗になったような気がする。大人の色香がにじみ出ている。それに、鼻にシリコンを注入していて、顔立ちがすっきりした。どうりですぐに彼女だと気づかなかったわけだ。うん、綺麗になった。女は変わる。
そのかわり、タトゥーは増え、腹は少々ぶよぶよになっているが。
他人のことは言えない。わたしの腹も4,5年前に比べると、確実に出ている。
一瞬、また相手をしてもらおうかとも思った。
でも、もうあの頃のようには戻れないし、いろいろと料金も高くなった。
別に深い恋愛関係にあったわけではない。金銭ありきの関係だった。
それでも、わたしのパタヤ沈没史においては、最も印象深い女性の一人だ。
思い出は思い出として残しておくのがいい。
今さら、新しい思い出づくりはごめんだ。子作り行為は好きだが、むやみやたらに子どもは残したくない。
レディドリンクを飲み干した彼女は、むこうに客を待てしているから行ってもいいかと聞いてきた。
彼女の指し示した先には、韓国人らしき若い客が座っている。いつの間にか入店していたようだ。
わたしが行っていいよと答えると、彼女は新しい客の元へ颯爽と歩いていった。
これからも、お互いパタヤに生息していれば、どこかで再会することがあるだろう。
その日まで、お元気で。
子どものためにしっかりと稼いでほしい。
もう望まない妊娠はするんじゃないよ。